容疑

【眠れない夜】 第5章 2008年 容疑

「現場に行かなくていい!!一回会社に戻ってこい!!」

社長が電話にでた。

「じゃあ、現場どうするんですか?」

「他の奴行かせるから、早く会社に帰ってこい!!」

ドスの聞いた声が携帯のから響いてくる。この声を聞くだけで気分が滅入ってくる。
しょうがなく、地下鉄におりて会社に向かった。
1階に外資系のカフェがあって、その上の階はすべて事務所のオフィスビル。ここの6人乗りの小さいエレベーターに乗り込み、6階で降りると僕の働く会社はある。
事務所には同僚が一人と事務員と社長、そして見たことのないスーツ姿の男が二人いた。

「お前朝から何やってるんだ!?本当に渋谷のカラオケに様子見に行ってきたのか??」

「はい。昨日停電があったみたいで、原因はよくわからないんですけど・・・。」

「原因がわからないなら、何のためにいってきたんだ!?それより、大変なことになった。藤森オーナーが今朝殺された。お前疑われてるぞ。刑事さんがお前に聞きたいことがあるそうだ。」

「こんにちは。銀河魁人さんですね?。」

二人組の刑事。一人は、50代後半くらいで少しおでこが後退気味の愛想のないオヤジ。もう一人は20代半ばくらいの若い青年だった。背が高くガタイが良いが、愛想はよかった。話しかけてきたのは青年の方だ。

「そうですけど、何があったんですか?」

冷静に受け答えていたが、内心すごくドキドキしていた。オヤジの方の刑事は厳しい眼で僕を射抜いてきた。心の奥底まで見抜いてやろうという眼だ。

「申し遅れました。私は渋谷神南署の井上といいます。こちらは警部の山崎です。まぁ、座ってください。それとも、ここじゃ話しづらいですか?」

「いえ、別にかまわないですよ。」

社長室に、黒い革の長いソファが二つあった。上座に僕と社長が座り、向かい合わせに刑事の山崎と井上が座った。

「川田社長には、先ほど簡単にお話ししたんですが・・・。

さきほど、藤森忠さんが渋谷の自宅マンションで刺殺されているのが発見されました。犯行時刻は午前8時頃です。その時間、銀河さんは何処にいらっしゃいました。」

「刑事さんは私を疑っているわけですね。」

その時刻は、みさとの家の近くのローソンで買い物をしてた頃だ。しかし、社長には渋谷のカラオケボックスのチェックにいったことになっている。本当のことを話したら、僕が嘘をついていたことが社長にバレル。どうするか・・・。

「渋谷の鴬谷のローソンにいました。買い物をしてました。」

「ローソンに。その後はどうされたんですか。」

質問はすべて若い刑事がしていた。初老の刑事は僕をずっとにらみっぱなしだ。

「その後は、渋谷のカラオケボックスにいってきました。昨夜停電があったそうなので、そのための調査です。」

「それを証明できる人はいますか。」

「・・・。いないですね。」

僕は結局嘘をついてしまった。しかし、こんな嘘は刑事が調べたら簡単にわかることだった。でも、僕は本当に殺していない。

「どうして私を疑っているんですか?」

「お店の従業員さんが、あなたが毎日藤森さんの店にきて土下座されたりしているのを見ていたらしくてね。だいぶもめてたらしいじゃないですか。」

「確かに、私は毎日藤森オーナーの所に訪れていました。酷いこともいわれたし、それで悩んでもいました・・・・。

でも、殺したりしてません。」

「刑事さん、うちの銀河には人を殺せるような度胸はないですよ。」

社長がめずらしく僕をフォローしてくれた。会社から殺人犯がでたら、悪いうわさがたつからであろう。

「そうですか。わかりました。とりあえずは、あなた達の言うことを信じましょう。何かわかりましたら、こちらへ連絡をもらえますか。」

刑事たちはあまりつっこんで質問をしてこなかった。電話番号を書いた紙をテーブルに置くと、あっさりと帰っていった。
僕の頭の中は真っ白になっていた。僕は何もしていないのにどうしてこうなるんだろう。
でも、藤森オーナーがいなくなったことは正直なところ、すこしばかり嬉しかった。

「刑事の井上さんですか? 銀河魁人です。」

僕は昼休みの時間を使って、刑事に電話をかけていた。さっきの発言を訂正するためだ。

「刑事さん。さっき私は嘘をつきました。今朝私はカラオケボックスには行っていません。友人の家にいました。・・・名前ですか?広畠みさとです。渋谷の鴬谷に住んでいます。携帯の番号わかるんでかけてもらえば、確認できると思います。このことは社長には黙っておいてもらえますか。」

社長の前では、嘘をついていたことを説明した。
僕は本当にせこい人間だ。社長についた嘘を守るためさっきは本当のことを言えなかった。
それにしても、藤森オーナーを殺したのは誰なんだろう。

僕は仕事上での付き合い以外は彼のことは知らなかった。知り合ったのはみさとの紹介だ。彼女の働いているキャバクラのオーナーだった。
藤森オーナーはキャバクラ以外にも風俗店も経営しているという噂があった。
しかし、藤森オーナーとはそういう話をしたことはなかった。もともと、彼は名古屋の人間だ。歌舞伎町に出てきたのはここ3年くらいらしい。名古屋に風俗店があるのかもしれない。

「かいとも大変なことにまきこまれたな。」

今日は久しぶりに同僚の木島と近くの居酒屋に来ていた。
彼とはこの会社に入ってから6年来の付き合いだ。木島は年上だが、ほぼ同期であるからタメの付き合いができた。しかも彼は年より若く見えた。上司からの圧力が強い分、同僚どうしの絆は強かった。

「本当に殺してないだろ?」

「バカ。こんなところでなんてこと言うんだ。おれはそんなことしないよ。確かに藤森さんは嫌いだったけどね。」

「冗談だよ。そんなムキになるなよ。子供か。」

「ってか、これからどうなるんだろうおれ。今日はあんまり訊かれなかったけど、オヤジの刑事はおれをすごい眼で睨んでた。」

「いいじゃん。やってないんだろ。あまり気にすることはねぇよ。それに、藤森さんいなくなっておまえにとっては良かったじゃねぇか。」

木島は、おれが今回の件でだいぶまいっていることを知っていた。でも、彼も忙しくてあまり二人きりで話すということはなかった。

「そりゃそうだけど、まだ最初の工事の集金おわってねぇし。問題山積みだよ。」

「まぁなんとかなるって!それよりこの後どうするよ。行くだろ!?」

「はー、ひとごとだな。てか、お前酔ってるよな。めんどくさ。」

お互いもうすでに、ビールと焼酎合わせて10杯近く飲んでいた。嫌なことがあった時ほど、酒は体に入っていく。僕たちはそのあと、いつも二人でよくいくキャバクラに向かった。
僕はそのときかなり酔っていて、そのキャバクラでどういう話をしたかよく覚えていない。ただすごく楽しかったのだけはなんとなく覚えていた。
そして、そのあとその店のトイレで吐きまくった。すごく気持ち悪かった。
「こんなに気持ち悪いなら死にたい」と思った。
「むしろ僕を殺してくれればよかったのに」

明日は仕事もしたくない、なにもしたくない。

僕はこの日は結局家に帰れなかった。
木島が帰った後、一人で個室観賞の店に入った。選ばされたDVDをロクに観ることなく、リクライニングソファの上で爆睡してしまった。

その間、何回も刑事の井上から着信が入っていた。僕は全く気づいていなかった。

第6章 1997年 進展